2015年 02月 26日
これは冒険という名の仕事。。。
こん○○は。
シャチです。

今回は久しぶりに短期ですが出張に行ってきました。
場所は御蔵島という伊豆諸島の島のひとつ。
出張の内容は某キャリアのアンテナ関連のリプレイス作業でした。
が、これがサバイバルか、「水曜どうでしょう」のサイコロの旅か?
という位の私も初めての事が多い旅になりました。


まず、出張の仕事の依頼が来たのは、それまで苦労して長期で入っていた、
都庁の仕事が一段落つきそうになったから。日程は2/23-2/25の三日間でした。
前日が日曜でしたし、準備がゆっくりできるのと予算がある現場っぽかったので
OKし、半分は旅行気分でした。



御蔵島は既に桜が満開でした。
f0009086_2212093.jpg


当日は朝6:30に羽田空港に集合。ところがここからがサバイバルの始まりでした。
まず、この日関東地方は南風の強風が入り、「春一番」が吹いたのです。
おかげで空も海も大荒れ。飛行機は欠航になりました。
私達は羽田から空路で八丈島へ。そこからヘリで御蔵島の贅沢な旅の予定でしたが、
まずは羽田からの便が欠航になってしまいました。
同行する私達の上の工事管理会社の方が、キャリア会社や自分の会社とひっきりなしに
連絡を取り、情報の収集をしていましたが見通しは暗く、目処が立ちません。
調布飛行場からなら三宅島までは飛ぶかもしれないという曖昧な情報だけを頼りに
羽田から調布に車で移動を決めたのが9:30頃。とりあえず調布飛行場に向かいます。
https://www.youtube.com/watch?v=wBV1X_mmWMc&feature=youtu.be


調布飛行場では「天候調査中」という表示のまま、私達が仮予約した前の便は表示されています。
どうなるのか、私達のモチベーションも徐々に下がってしまいます。
既に予定時間をかなり過ぎての到着になるのは目に見えていますし、一日延長になると他の現場が
入っている関係上、迷惑がかかります。それなら「リスケ(リ・スケジュールの略)」になった方が
良いと思い始めてました。
管理会社の同行する方が色々と連絡を取り、三宅島からのルートをキャリア会社と共に探していましたが、
漁船すら行かないという時化の状況らしく、とりあえず三宅まで行って誠意は見せてリスケの
パターンという感じが濃厚になってきました。

それまで黙ってましたが、私の知人に三宅島出身の方がいます。
あまりお願いして迷惑をかけたくないので黙ってましたが、一応申し出てみました。
管理会社の方が「お願いします」という事になり、知人に電話をする事に。
結果、知人の幼馴染みに電話が行き、知り合いの漁船に頼み、それでも時化で無理な場合、
その幼馴染みの方の旅館に泊まれる事になり、三宅で路頭に迷うこともなくなりました。
これにはキャリア会社も管理会社も驚いていました。
自分たちがやってもまったく手立てが無かった訳ですから。
これが後程、新たなサバイバルを生む結果になるのですが。。。

私達は三宅に無事飛行機で到着し、その後知人の幼馴染みのコーディネートで
漁船まで車で送ってもらい、無事漁船に乗り込みました。
漁船の船長から「外に居ないで。船室に入ってて」と言われます。
その意味もすぐに分かりました。
どの漁師も行きたがらない時化の中、出港する訳ですから、
それはハンパじゃない揺れです。周囲を見渡すとまるで水でできた山に囲まれたような状況。
物凄い揺れに船室に居なければ揺れで放り出されてしまうかもしれません。
五人のうち、酔い止めを面倒くさがって飲まなかった一人だけが10分でダウン。
およそ50分の行程でしたが皆、船酔いと戦い、生きた心地のしない揺れと戦ったまま
御蔵島に着いた時には疲労困ぱい。ダウンした一人はフルリバースだったと言ってました。


出港して数分は良かったのだが。。。
https://www.youtube.com/watch?v=Pqlid8p8V0c&feature=youtu.be

すぐに誰も喋らなくなり、見えない何かと戦っていた。
https://www.youtube.com/watch?v=ODYsrdhyo3Q&feature=youtu.be




それでも16:30頃御蔵島に到着。だがここで受け取る筈の先に送っていた材料と工具の載った車の鍵がありません。
預かってもらっている村の職員が15:00で帰ったというのです。
これも散々電話をしまくった挙句、なんとか呼びつけて車の鍵を貰い、
私達はまずその日の宿の村営旅館に向かいます。
アンテナはこの村営旅館の屋上なので気楽に考えていました。

村営旅館に着くと、なんとキャリア会社からキャンセルの電話が入っていたので
部屋は一部屋空いているが、夕食の用意ができないと言うのです。
キャリア会社も管理会社も今日のうちに御蔵に行くことは無理だろうという予想を裏切った
私達の努力とコネが却って災いになったのです。
食堂も2件はやっている筈だと教えてもらいましたが、どちらも休業。
どこでも食べる事が出来ず、商店を教えてもらい、そこで買ったサトウのご飯とカップ麺、
冷凍のギョーザを頼み込んでその商店で焼いてもらい、何とか飢える事なく晩飯を終えました。
晩飯の前に材料を屋上まで外階段で手上げしました。
70Kg近い土台の鋼材や機械本体などを真っ暗な中荷上げして晩飯は20:30頃。
それでも当初の予定からは大分遅れています。

翌日は朝7:30頃から作業を始めざるをえませんでした。
朝ご飯は宿の方で食べることができました。
キャリアの電波を作る機械の更新なので切り替えるときには電波を止める
「停波」という時間帯が生じます。これが2時間以内で午前9:00~15:00の間の2時間と
決められているので、今日中に終わらせるには13:00までに切り替え準備を終える必要があります。
私達は仕事を手早く済ますことに集中していました。
10:00休憩の時に再びサバイバルの状況にいることに気付くのです。
昼飯のアテがありません。今日も島中の食堂はやっていません。
昨夜の事があったので、またしても昨夜お世話になった商店に頼み込み、
お弁当を作ってもらいました。
私達が切り替えまで無事終わり、昼を食べたのは14:30頃。食堂はやっていたとしても閉まっている時間でしょう。
少し学習しましたね。
その後、切り替え後でも出来る残工事をやり、終わったのが18:00頃。
今日は別の宿です。
その宿に行くと、それは今まで散々お世話になっていたあの商店が経営している旅館だったのです。
ここなら飯の心配はいりません。やっと緊張が溶けたところです。
旅館は1階に食堂と風呂が二つ。2階に4部屋とトイレが二つ。
2階の4部屋の真ん中は居間として使って煙草が吸える部屋だという事。
食堂の続き間に畳の部屋があり、囲炉裏がきってあります。
こちらも居間として使ってくださいという事で宿の方は後で食事の片付けに来ると言い残し
私達の貸しきり状態となりました。
食堂の冷蔵庫に入っているビールを好きに飲み、つまみを囲炉裏端で食いやっと楽しい夕餉になりました。


翌日は午前のちょっとした時間で観光も出来ました。
https://www.youtube.com/watch?v=69vN6mAs_nU&feature=youtu.be



翌日はまた私の知人の幼馴染みが頼んだ漁師の漁船で帰る事にしました。
キャリア会社がチャーターした漁船が忙しいから行けないような事を言い、
ゴネ出したからです。一昨日からすると随分と穏やかにはなったものの、帰りの漁船も揺れました。
でも行きの時の様に船室にこもる事もせず、外の空気を吸いながらだったのと、
全員が酔い止めを飲んでいたので気分の悪くなる者はいませんでした。

https://www.youtube.com/watch?v=v8sZYxfVMIo&feature=youtu.be


三宅島で遅い昼飯を食い、定刻どおりに飛行機に乗り無事に調布飛行場へ。
島の人間にも「あの時化でよく漁船で行ったね。あたしらだって行かないよ」と言われました。
知らないと言うことは時に良い結果も生むものです。(笑)
キャリアと管理会社には私達のチームの評価が急上昇となりました。
全員が無理だと思っていたものを予定通りに終わらせた事が大きかったのでしょう。
さっそく次回の神津島の依頼が来ました。
私は行くかどうかはまだ決めかねていますが。。。

大抵の漁師でさえ行かない時化の中の渡船。飛行場を渡り歩いて20名定員の小さなプロペラ機。
どれも冒険のような出張になりました。
これも日常では出来ない仕事だからこその面白い、貴重な体験でした。(^^;;
でもあまり遭遇したくない出来事ではありますね。(笑)

by seawolf_squall | 2015-02-26 22:42 | PHOTO日記


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