カテゴリ:思考の深淵( 32 )

2016年 05月 11日
義父の永眠
シャチです。

義父が永眠しました。4/17の日曜日の事でした。



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4/16の土曜日の夜に救急車で運ばれてから1度は
意識も回復しましたが、最後は大往生だったといって良かったと思います。

葬儀を身内だけで19日に済ませ、今は除籍などの事務的な作業を
一つずつ片づけているところです。

義父の言動がおかしくなったのは5年位前からでしょうか?
僕が最初に気付いたのは目つきですかね?
それから入れ歯を出してしまう仕草におかしいな?と感じ、
墓参りでの奇妙な行動など、日増しにおかしな行動をとるようになってきました。
でも、認定を判断する介護士が来ると途端にしっかりするんですね。
で、介護認定が中々おりませんでした。
介護2級まで行ったのはつい最近の事でした。
今年に入ってからは腎不全にもなっていて、管で排尿するのですが、
その管が何で自分の体から生えているのか?これが分からず医師もびっくりする事に
自分で管を抜いてしまう事も数回ありました。

義父は規則性やアルゴリズムのようなものがきっとあったのでしょうが、
最後までそれは私達には分かりませんでした。
いわゆる「まともな日」と「まともじゃない日」
これがその日によってジキルとハイドのように入れ替わりました。
だから、私たち介護側にとって「今日はどんなじいちゃんなのか?」
これを察知してあげることがまず最初の仕事になるのですが、
これが憂鬱な時間なのです。

それでも最後のころは体力も衰えてきたせいなのか穏やかな日が多くなり、
意識がないまま病院に救急搬送された後、意識を取り戻した際には「まともなじいちゃん」でした。
私達が最後に会話できたじいちゃんはおだやかで優しいまともなじいいちゃんだったのです。

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人の死に関わるほうが多くなってくる歳にいよいよなってきました。
女房と義理の妹は両親とも他界した事になります。
私のほうは母親のみが残っています。
人生長生きすると周りの人がどんどん減って行くもの。
これからは寄り添う事も必要だと感じています。
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by seawolf_squall | 2016-05-11 16:45 | 思考の深淵
2014年 09月 03日
父の掌
先日、夏の終わりの風物詩になりつつある、
某TV局の24時間番組に見知らぬ
シンガーソングライターが
歌っているのをたまたま見かけた。

彼は難病の為、
いずれ自分が変わり果てた姿になる事を
受け入れて既に出辛くなってしまった
声を精一杯に武道館で唄うという企画
(あえて企画という言葉を使おうと思う)
の1番盛り上がる感動の部分を偶然見た。
彼は私と同年代であり、まだまだ幼い
2人の子供もいる。
歌っていた歌は彼が病と分かる前、
痴呆症になった彼のお父さんの事を
歌ったものだという。
この歌の一節に、
「あなたの手を握らせて欲しい」
という部分がある。

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私はここで自分の父の事を鮮明に思い出した。
70歳を目前にして、
父はリンパ癌を宣告された。
医師のセリフだと60%の確立で治らない。
と言うことのようだった。
直接聞いた母は「60%で治らない」の意味が分からないようで、
私にどう言う意味だろうと不安げに訪ねて来た。
私は母に父は癌で死ぬことになるかもしれない。
と、ハッキリと言い、理解をしてもらった。

その後、具体的な治療は
医師の判断で手術に耐える体力が無いことから
投薬による治療を入院して行う事になった。
投薬の副作用でみるみる痩せて行く父。
元々痩せていたのだが、
骨にうっすらと皮が張り付いているような、
そんな状態になって行った。
半年で治療の第一段階を終え、
退院して来たのもつかの間。
体力が落ちて抵抗力がなくなった事から、
今度は結核を発症した。
家族を巻き込んで、周囲の人間は
結核の検査をすることになる。
私の息子もまだ2歳程だったが、検査を受けた。
父はもちろん隔離病棟で半年間結核の療養生活を送った。
父が退院して戻って来ると、
今度は母親が結核菌による神経の不具合で入院。
しかも父は結核の治療薬の副作用で目が殆ど見えなくなっていた。
私も父母のフォローで身動きが出来ないと思うような毎日だった。
毎日10Km程離れた実家に仕事から帰ってすぐに食事の支度をしに行った。
一度にその日の晩、翌日の朝と昼の分を作る。料理の本も買ったりした。

そんな事をしているうちに、父が背中の痛みを訴えた。
癌と言われてから3年目の事だ。
夏の終わりにかかりつけの病院に
その日私は仕事を休み、父母を車で乗せて行く事になった。
父は耳もよく聞こえないのか、
やたらと大きな声で「お前は運転が上手いな」と繰り返して言って上機嫌だった。
だが、おかしな呼吸音をさせながら、
大きな声を出している様子は、普通じゃ無い事は誰にでも察しがつく。
きっともう呼吸器系統も駄目なのかもしれない。
そんな不安と本当にこれが現実なのかという恐れが心に渦巻く。
運転するハンドルが汗で妙に粘ついたのを覚えている。

病院に入る前に「ちょっとここで待っていろ」そう言って父は母を連れて、
病院のそばにあるスーバーに入って行った。
出てくると寿司のパックを一つ、私に手渡した。
待たせることになるのが気になっていたのか、腹が減ったら待合で食べると良いと言い、ニコニコと上機嫌だった。

父は胸部のレントゲンが撮れなかった。
背中をあの硬いガラス板に付けて寝ることが出来なかったのだ。
母と看護師は困った顔をしながら、
担当医の問診を先に受けることにしたようだ。
診察室に入ると直ぐに「緊急処置中」という、見たこともないテロップが待合のモニタに流れ始める。
後ろで父の後に診察を待っていた中年の患者が舌打ちをするのが私の耳に聞こえた。

テロップが消え、私と母が診察室に呼ばれた。
医師は柔らかい口調で手の施しようがない事を私達に告げた。
もう両方の肺と心臓を背骨を回り込むようにして癌細胞が覆っているという事だった。
私が「あとどの位持ちますか?」と、聞くまで母には父の死が具体的になっている事を告げられた事がわからなかったようだ。
むしろ、そう理解することを拒んでいたのかもしれない。

医師は静かに「後、1ヶ月位だと思います」と私達に告げた。
まるでドラマのワンシーンのように、その瞬間は静かにゆっくりと流れた。

別室で座って点滴を施されていた父のところへ行き、点滴が終わるのを待って病院の玄関まで車椅子を使い、父を運び自分の車を取りに行った。
父は車に乗り込む際に、ごく自然に私の手を握った。
そうしないと車に乗り込む事が出来なかったのを自分で分かっていたからだろう。
恐ろしくか細く、冷たく乾いた掌に、迫り来る父の死を突きつけられ、抗えないことを私は悟った。
それでも遠慮がちに私の手を握ってくる父の掌。
私はしっかりとそれでも優しく握り返し、父を車内に誘った。

父は本当に一月後に亡くなった。
最後はそれなりに苦しんで逝った。
癌とはそういうものだ。

テレビをみていてあの時の父の気持ちが未だに分からない。というより分からなかった自分が鮮明に戻ってくる。
あの時の父は私を頼ったのか?
それとも私に勝てなくなった自分に諦めたのか?
私の手をさりげなく握った父。だがそこには遠慮のような、抵抗のような、
微かな逡巡を感じたのは私の気のせいか。

どんな気持ちで私の手を握ったのだろう。
それは私が死ぬ頃にわかることなのだろうか。
私も息子の手を握ろうとするのだろうか。
その時、息子にどんな気持ちを残すのか。
父の気持ち。息子に追い抜かれることに何かを残そうと、あるいは伝えようとしていた。
自分の都合でしかないが、今の私はまだそんな風に思いたいのだ。
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by seawolf_squall | 2014-09-03 22:22 | 思考の深淵
2014年 04月 02日
5年前を想う


シャチです。

今年は3月に増税前の駆け込み需要で、僕達の業界も物凄く忙しかったのですが、
月が替わると、その反動での落ち込みようが半端ないです。
全くの暇状態。
そこで溜まっていた代休を行使して、以前に行った茨城の常総市付近にある
「弘経寺(ぐぎょうじ)」へ再度桜を撮りに行ってきました。

僕は桜と紅葉は苦手な被写体です。(^^;;

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by seawolf_squall | 2014-04-02 20:49 | 思考の深淵
2014年 01月 06日
映画「永遠の0」
シャチです。

昨日と一昨日は仕事でした。
今日と明日は休み。

子供は今日は友達とボーリングに出かけました。
どうしようか悩んだのですが、朝に40Km程、自転車で走って
帰ってきたのが8:40頃。
朝ごはんを食べ、風呂に入って冷えた身体を暖めても、
まだ10時前。

久しぶりに映画を観に行く事にし、調べてみると観たいもので
上映時間が合うものがこれしかありませんでした。

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「永遠の0」です。
僕は気に入った映画しかパンフレットを買って帰る事はしません。
この映画、一言で言うと良かったの一言です。
日本映画も捨てたもんじゃありませんね。
今の日本映画は説明の要らないわかり易さがあります。

それはVFXやCGだったり、音楽だったり。。。
この内容でしたら、海外で上映して違う人種の方々にも
同じ気持ちにはなれいまでも、理解してもらえる戦争映画だと思いました。
戦争映画と言うのは言葉が乱暴で嫌なんですが。。。

俳優陣も若手が主体ですが良い俳優を揃えていました。
特に主演の岡田准一の演技は素晴らしかったです。
とても練られた演技だったと思います。
天才的というよりはよく予習をして取り組んでいる演技。
明日のジョーでも大変感動した演技でしたが、もっと大人の演技をしてくれています。
映画でサマになるところはジャニーズとか関係ないんですね。
他にも僕は錦戸君とか長瀬君なんかが映画で本当に雰囲気のある
演技ができる人だと思っています。

考える事も沢山ありました。
その中の一つに実際に戦争を体験した人と触れ合う事が
いずれ出来なくなってしまうと言う事。
僕の年代は父や母が実際に戦争には行っていませんが、体験はしています。
僕の息子もおじいちゃん(女房の父)やおばあちゃん(僕の母)から
実体験を聞くことができます。
でも息子の子供の頃にはそういった人達が周囲にいないのは確かです。
その時にどうやって受け継いだり伝えたりすればいいのか。
その事を考えさせられる映画でもありました。

実は原作者の百田さんは最近好きな作家の一人で、この原作も買ってあるのですが、
まだ読んでいません。読む前に映画を観たのですが、この後原作を読むと
この映画が良い物なのかどうかが本当にわかると思います。
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by seawolf_squall | 2014-01-06 19:10 | 思考の深淵
2013年 06月 03日
勇気をありがとう!

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このビーズと共に富士山を登りました。
勇気をくれたコイツに感謝!
そしてこのビーズの片割れを手にした子供とその周囲の人が
笑顔になれますように。
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by seawolf_squall | 2013-06-03 13:31 | 思考の深淵
2013年 04月 27日
おじいちゃんと愚息

墓参りにて

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by seawolf_squall | 2013-04-27 20:16 | 思考の深淵
2013年 04月 10日
Mt富士ヒルクライムレース エントリー!
シャチです。
どうしようかと色々と迷った挙句、やはり一度は出ておこうと、
「Mt.富士ヒルクライム」レースにエントリーしてみました。
エントリー受付は3/29(金)の午後8:00~
物凄い競争率だという情報だったので、スタート前から
家のPCの前でスタンバイ。

スタートと同時に申し込みボタンを押すも、
「ただ今非常に混雑しています」というページに飛んだっきり。
リロードしてもずっとその表示のままでしたが、
12分後くらいにあっさりエントリーは完了。
それでも計算すると、7分で1000人のエントリーが完了しているペース。
最初はね。ww

今年はいい気になった運営が昨年までより2000円高いエントリーフィー10000円にしたから、
きっとやめた人たちも多かったせいで、混乱は少なかった=エントリーの競争率の低下
だったんだと思います。

その後、レースの受付が前日のみと言う事で、一人でエントリーする僕は
代理受付を頼める当てもなく、ホテルも取らなきゃいけないと言う事で
取ろうと思ったのですが、こちらの方がずっと難関。
やっと取れたホテルはスタート会場から30Kmも離れた
御殿場インター近くのビジネスホテル。
まぁ取れたから良いんですけど。。。
このレースの為に、交通費(高速代、ガソリン代)、宿泊費と
エントリーフィー以外にも随分かかります。(泣)
おまけに筑波山を登る、「ツール・ド・つくば」にもエントリー予定だし、
お小遣いが逼迫状況です。(泣)

そんな中、Mt富士にエントリーできたので、
「シャイン・オン!キッズ」に参加させて頂くことにしました。


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これは主に、小児がんや重い病気と闘う子供たちとその家族の為の支援を目的とした団体なんですが、
僕達のようなアマチュアのアスリート(と呼ぶのもおこがましい)にも3000円から支援できる、
「チーム・ビーズ・オブ・カレッジ」という活動があります。
これは、3000円以上の寄付をすると、
チーム・ビーズ・オブ・カレッジ より、2つのビーズが贈られてきます。
この2つのビーズを身につけて、僕たちはその大会に出場。
ビーズを付けている手前、リタイヤなんて出来ません。
何故なら、このビーズ、大会終了したら、一つはメッセージカードと一緒に
送り返すのです。
大会で頑張った僕たちの「気」が入ったビーズをここぞ!という時の
病気と闘う子供たちに「シャイン・オン!キッズ」から手渡されます。
子供たちに勇気を。僕たちにも負けない心をくれる。
なんだかこういうのなら僕達でも参加できるなぁと思って、申し込みました。

ツール・ド・つくばでもエントリーが決まったら、申し込もうと思っています。
何かスポーツを趣味でやっている方々、一度参加してみるのも良いではないですか!


尚、この活動を僕が知ったのは、プロのロードレーサーとして
「オリカ・グリーンエッジ」で活躍している、別府 史之 選手のフェイスブックでの
呼びかけで知りました。
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by seawolf_squall | 2013-04-10 08:53 | 思考の深淵
2012年 11月 03日
墓誌
今日は午前中に墓参り。
女房の方の墓が八柱にある。
義父の足の調子があまり良くなく、足元が悪い時には躊躇してしまう。
今日は朝は曇りだったが、ここしばらく雨も降っていないし、早めに家を出る。
掃除は義父が業者に頼んでいてくれたらしく、行って見ると何もしなくても良い位、
綺麗に片付いていた。最初は少し、墓の周囲を掃いたりしていたが、それ程やることもなく、
カメラ片手に皆の掃除の様子などを撮っていた。



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墓誌を眺めるのが好きだ。
行儀の良いものとは言えないが、他人の墓誌をフラフラと見てまわる。
享年いくつとか、昭和何年の他界かなどが書いてあるものが多いが、
そういった詳しい事を書いてない墓誌もある。
享年が60歳以上の人で並んでいる墓誌は穏やかに見れるのだが、
17歳や4歳、1歳などというのも書かれていると、その時代の背景を想像してしまう。
享年17歳が昭和19年などと書かれていると、戦争を考えずにはいられない。
幼児の時には医療の未熟さを考えてしまう。
墓誌は時に残酷に時代を浮き立たせてくれる。

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お昼を帰り道に食べて、義父を送った後、自転車に乗って荒川CRを少し走ってきた。
河口側に行きたかったのだが、千住新橋から右岸を降りると、バリケードで河口側にはいけない。
どうやら工事をやっているらしい。
仕方が無いので、いつもどおり上流側へ。
向かい風が強いけど、自転車のせいか、最初は軽く走れる。
30Km弱のペースを保っていた。最初だけは。(笑)
途中風が劇的に強いところで屁たれた。
で、そこから暫くは22~23Km(泣)
で、これじゃあイカンと、ダンシングでペースを上げるきっかけを作ってまた
ペースを上げる。でも30Kmには届かない。心拍数も170くらいまで上がっちゃったので、
諦めてペースダウン。そのうちに調整できていないクリートのせいで、
右足のくるぶし側の縁が痛くなってきた。しばらくすると右の腰もなんか変。
岩淵水門で一旦止まって靴を脱ぎ、クリートの調整。
その後河口側に引き返す。
帰りはチョー楽ww
普通に走れば30Kmくらいで無風の感じ。
なので40Km近くでちょっとだけ巡航。
でも次第に人も多くなってくるし、(今日はそうでもなかったけど)
しばらくしてからスピードダウン。
制限速度の20Kmは守っていないけど、限りなく遵守する気持ちで走ってきました。(笑)
もうちょっと長い距離を走ってクリート調整を煮詰めたいです。
今日はパッド付き長タイツの上からパッド付きショートビブを重ね着し、
(それって邪道かも?)上はコンプレッション系の長袖の上から半袖ジャージを重ね着。
暑いかと思ったけど、意外にそうでもなかった。
ちょっと汗をかくくらいで丁度いい感じ。
もうちょっと寒くなっても、バンド式のイヤーウォーマーやネックウォーマーさえ
足して装着すればもう暫くは大丈夫そう。でもお腹が冷えるのが心配だ。

もう結構冬が近いって事なんすかねぇ。。。
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by seawolf_squall | 2012-11-03 17:50 | 思考の深淵
2012年 06月 02日
自由は心の中に
酔っ払ったまま、始発で帰る電車の中、
飲んでいた時に聞いていた言葉が頭の中を巡る。
「好きなことをすればいい、でも相手にも好きなことをさせてあげなさい」

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好きな事ができるかどうか。
自分の心の中が決める事のような気がする。
自分の心をどれだけ開放できるか。
自由を感じることができるかどうかは
心の柔軟さ次第なのではないだろうか。

いくつになっても心は柔らかくしておきたいものだ。
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by seawolf_squall | 2012-06-02 13:01 | 思考の深淵
2012年 02月 12日
幸せの真実
今朝、ホイットニー・ヒューストンが亡くなった。
享年48歳は私と同級生という事になる。
ホテルのバスルームで倒れていたらしい。
唄が上手く、アメリカ人好みの絶唱タイプ。
惜しい人を亡くした。

今日は1/8以来の週末の休み。
ところが習慣からか朝5:00に一度、目を覚まし、
しばらくは布団に入っていたが、7時半には近くのマックへ
家族の朝マックを買いに出た。

そんなこんなしている朝に、フェイスブックで友達登録させていただいている方から
こんな書き込みがあった。

斉藤ひとりの言葉だそうだ。
私は彼のことは胡散臭い奴という印象でしか見ていない事を
先に書いておく。


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『幸せの道』

幸への道って無いんです。

しかし、毎日、幸せだなと幸せだなと言ってる人の後ろを
見ると幸せの道が出来ているんです。

反対に愚痴や不平、不満ばかり言っている人の道は
不孝の道なんです。

遠くの幸せを追い求めて行っても、なかなかたどりつけません。
それよりは身近な幸せに気付き幸せだなと口にすることが大事です​。

朝起きて、ごはんが食べられこと、最愛の妻がいること、
会社にかよえること、人と出会う事。この事に感謝し、幸せだとい​う事を
口にすれば周りの人が喜び、自分もみんなも幸せになるという事で​す。

周りの人をよろこばしたり、心地よくすると神様の思いもやらな​い送り物が
あります。

というものです。
いつ聴いてもジーンとします。考え方を押しつける
事はしませんし、思想を植え付けられるのっていやですよね。
だから、賛同下さいなどこれポチッチもおもってません。
しかし52年生きて振り返ると当たってる感じです。

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私もこの言葉には共感した。
我慢する事じゃなく、口に出して言う事でもないとは思う。
小さな事でいちいち幸せだなどと言葉に出していたら、それは偽善にしか感じられないし、無理しているようじゃないか。
でも、こういうスタンスを心に置いておく事で、
きっと人生が180度ちがったものにはなるだろうと思う。
同じ給料をもらい、同じ仕事をして、同じ家に住んでいてもだ。
「三丁目の夕日1964」という映画のCMでも、
「お金持ちになるとか、地位とか名誉じゃなくても幸せな事ってある云々」
というセリフがあったと思うが、優等生的な物言いじゃなく、
そういうものなんだろうなと、最近思う事が多い。

これは若い頃に良く思っていた、『人生の成功者』とか、『人生の勝利者』というくくりで言ったら、『敗者』でしかないのかも知れない。
若い頃は負けたくなかったし、楽がしたかったから、そうなるための金が欲しかった。
それが『勝者』の条件だった。
ただ、今の自分は楽が出来る程の金も持ってないし、偉そうに他人に語れる程の半生も過ごしてこなかった。
でも、負けた気はしていない。
まぁ、勝った気もさらさら無いが…

幸せとは物理的な物じゃないって事だろう。
もっとエモーショナルなものなんだと思う。

風呂場で倒れていた、ホイットニーは幸せだったのだろうか。
そして苦しい思いをしていると思っているあなたは、もしかしたら本当は幸せなんじゃないだろうか?

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by seawolf_squall | 2012-02-12 18:14 | 思考の深淵